講師は絶対日本人!

 「講師の先生は外国人ですか?」

 お問合せをいただくと、まず聞かれるのがこの質問です。

 はっきり言いましょう。私のところの子ども英語教室では、毎週来るレギュラーの外国人講師はいません。毎月1回のCLPの時間とイースター、ハロウィン、クリスマスの各イベント時に外国人講師を招くぐらいです。

 この質問に対して、その旨をお伝えするのですが、レギュラーの外国人講師がいないと分かると、そのまま電話をお切りになられる場合があります。

 外国人講師をレギュラーで招くことは可能です。ですが、

 「講師は絶対日本人!」

 にこだわります。

 なぜか?

 それにはちゃんとした訳があるんです。

 それは日本人は英語が母語ではないからです。

 「えっ、何言ってるの?ネイティブスピーカーに英語を習った方がいいに決まっているじゃない!」

 ネイティブスピーカーに英語を習えばしゃべれるようになる(気がする)。ネイティブスピーカーから本場の(?)英語を学ぶ方がいいに決まっている!

 ちょっと想像してみてください。ある日、あなたは英会話を習おうと、ある英会話教室に行きました。「どんな先生が教えてくれるんだろう」とドキドキ、ワクワクするあなた。紹介された先生は二人。「どちらの先生がいいか自由に決めてください」と言われました。ひとりは生まれも育ちもアメリカ。英語力はネイティブと同等のの日本人。もうひとりは髪はブロンド、目はブルーのアメリカ人。

 さあ、どちらの先生に教えてもらいたいですか?恐らくほとんどの方は、髪はブロンド、目はブルーのアメリカ人の先生を選ぶでしょうね。だって誰の目にもはっきりと外国人から英語を習っているというのが分かりますもの。

 二人は全く同等の英語力なんですよ。なのになぜアメリカ人の方を選ぶのか?ある種のステイタスを感じるのかもしれません。私たち日本人が持つネイティブスピーカーのイメージは、髪はブロンド、目はブルーなのでしょう。見た目が「いかにも外国人」から英語を学ぶ方が、できるようになる気がするのかも。

 実は私はアメリカで英語を教えたことがあるんです。

 アメリカには英語を第二言語として学ぶ移民の方が大勢いらっしゃいます。その方たちのために地域のコミュニティ・カレッジには英語講座が設けられています。

 ある学校を訪れたときのこと。私が英語教師であることが分かると、その学校の先生が、「イロシ!(Hiroshi:ひろし→私の下の名前です。向こうの方はhの発音が弱いみたいです。だから私はいつも向こうではイロシです。ちなみにKatoは「ケイトゥ」。最初呼ばれたときは、誰のことか分かりませんでした〈笑〉)暇だったら、この人の宿題、見てあげてくれない?」「え~っ、マジかよ!?」ですが、私も英語教師としての自負がありますから、教えましたよ。必死で。加藤の英文法 イングリッシュ・ヴァージョンを。

 「こいつは日本人だから・・・」なんて意識は微塵もない。私のことを英語の先生としか見ていないんです。発音やイントネーションのまずい所はあったと思います。表現上、分かりにくい部分もあったかと思います。でも相手はきちんと聞いてくれました。

 アメリカの語学学校じゃ「講師は外国人」なんてこだわりはないんです。できる人から教わる。それで身につけたことを生かすも殺すも自分次第。

 また、アメリカにいたときは日本人に「英語を教えてくれないか」と頼まれたこともありました。

 彼は高校卒業後、アメリカに渡り、現地の大学に入学するため、語学学校で英語を学ぶ生徒でした。とにかく会話力は素晴らしかったのを覚えています。しかしなかなか大学には入学できず、悩んでいました。

 会話力だけでは入学できないんです。大学の授業内容についていけるだけの読解力、文法力、作文力が備わっていないと入学できず、そのための試験があり、それをパスできないでいたんです。

 アメリカに渡っておよそ1年。日常生活に何の支障はないものの、先に進むことができない。

 アメリカの語学学校ですから、「講師は全員外国人」ですよ。なのにですよ。なのに・・・。

 子どもに英語を教えるのはとても難しいことなんです。誰にでもできることではありません。私たちが外国人に日本語を教えることが難しいのと同じです。

 「明日私は東京へ行く」と「明日私は東京に行く」の「へ」と「に」の違いを説明できますか?「象の鼻は長い」と「象は鼻が長い」の違いを説明できますか?

 子どもに外国語を教えるためには、外国語教授法を学び、児童心理や教育心理、保育理論を学び、クラス運営の方法を学ばなければならないのです。 いわゆるプロでなければできないのです。

 日本語のネイティブスピーカーである私たちが日本語を外国人に教えるのが困難であるのと同様に、「ネイティブだから」という理由だけで、英語を学ぶのは時間的にも、費用的にもリスクがあるのです。

 子どもたちが英語を学ぶことで、将来どのように成長するのかという、長い視野に立った上で指導すること大切です。

 外国人が自分の国の子どもではない子どもたちを教えるというのにはやはり限界があります。なぜなら自分の国の将来とは関係がないからです。

 やはり日本人が、しかもプロである日本人がこの国を思い、子どもたちのために英語を教えるのが王道(近道)だと考えます。

 最後にもう一度。

 「講師は絶対日本人!」